スキーをまた始める。で、思い出したこと。

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昨日は、ついにスキー用具一式を買ってしまった。

スキーブーツ選び

 

ブーツはラングのレースモデルでやや柔らかめのもの。(LANGE RS 110 Wide)

スキーはブリザードのエキスパートモデルで大回り向きのもの。(BLIZZARD R-POWER FULL SUSPENSION IQ + IQ Power)

ストックはカーボンのシナノ。

そしてブリザード、といえばこの歌か。

http://www.youtube.com/watch?v=SfZXln1LQKI

『私をスキーに連れてって』というの映画。挿入歌:松任谷由実「BLIZZARD」。
なお、三上博史さんの代役で4:05や6:09あたりに滑っているのは、僕が教わっていた尊敬するコーチのAさんたち。今見ると、めちゃめちゃ上手くて吹き出しますw
(こんな上手い素人、いるわけねーだろってくらい上手い)

用具については、最近ちょっと分かる人なら、「なんでそんなストイックなものばっかり選ぶの?」って笑うだろう。でもいいのだ。買ってしまったしw

スキー用具に関しては、ここ3年くらい我慢してレンタルで済ませてたんだけど、やっぱちゃんと自分のがほしくなって、我慢していたがついに買ってしまった。

で、問題は、もう私は現役レーサーじゃないこと。ブランクも14年。

どんなマテリアルをチョイスするべきか、勘が鈍ってる。昔のようにストイックには滑らないから競技用は必要ないだろうけど、かといってあまりにレベルを落として中上級モデルだと、ハマってしまったあとにきっと物足りなくなるだろう。上達の遅さを用具のせいにするかもしれない。

だからちょっとだけいいマテリアルをチョイスした結果だ。

現役の頃も、用具にはけっこう悩まされてきた。なかなかベストなチョイスが出来ていなかったなーと思う。

例えばコーチに「おまえがラングとか履くと、もっと上下動が激しくなる(ラングは挙動がシビアだから違うマテリアル使ったほうがいい)」って言われたけれど、一番調子が良かったのはラングを履いていた頃で(その反動で今回はラング購入)。でもあの時はブーツ幅が足に合わなかったので、腰痛や足痛に悩まされてた。あるいはCMの影響でサロモンのブーツ履いていたこともあった。その後でまるで違うノルディカの選手用ブーツを履いて、ブーツが固すぎて滑りが1年中しっくりこなかったこともあった。競技をやめて基礎スキーに転向するときは、試験に受かるための道具を選んだから、その1年はまるでスキーがつまらなかった。用具には、あまり満足したモノが選べていなかったなーと思う。

で、2年くらい前に、10年ぶりにちょっと滑ってみたとき、サロモンの板にヘッドのブーツというレンタルセットで滑ったら、思いの外調子が良くて。ますます分からなくなった。

 

なぜ用具に悩まされてきたか今の私ならわかる。
今は、ネットがあるので簡単に調べられる時代だ。

 

例えば、ラングのブーツは「2ピース」と言われる構造のブーツで、足首を大きく使いながら、ブーツをしならせながら体重移動をするブーツなのだそうだ。一方、ノルディカのブーツは「1ピース」と言われる構造のブーツで、足首を固定し、ピンポイントでガツンと踏むといいブーツなのだそうだ。

そんなの現役の時に教わったことなかったし、意識したこともなかった。

つまり、今は『マテリアルの特性を理解して、それに合わせて滑りを変える』という発想なのだと思う。ネットがあると、そんなことを簡単に知ることができる。

現役の頃僕は、ある時ラングからノルディカに変えた。昨シーズンと踏み方がまるで異なるブーツにチェンジしたのだから、次のシーズンは1から滑りの質を変えていく必要がある。それは滑りそのものも変わってしまうことを意味する。だもの、「なんか去年と滑りが違うなー」と感じるのは当たり前といえば当たり前だったのだ。コーチから「去年の方が速かった」とか言われて泣いたこともあったな。用具が変われば滑りが違う、ということが分かっていなかったためだ。

その頃はマテリアルの特性理解、というよりは、アルベルト・トンバやステンマルクやオーモットといった、スキー世界のヒーローがいて、そのヒーローの滑りを見て研究し、理想の滑りのイメージを高めていく感じだった。それはそれでいい時代だった。

 

学生時代に競技スキーをやっていて、最もショックだった事は、おとなになってからある選手の滑りをみたことだった。

私が23歳頃、競技をそろそろ引退しようと考え、どうせならスキーをやってきた証として資格をとってやめようと、SAJ準指導員という資格を取ろうと思い立ち、基礎スキーに転向した頃、ホームゲレンデの苗場で私はインストラクターのアルバイトをさせていただいていた。そこに、練習に訪れていたナショナルチームの一人として、海外選手のヘルマン・マイヤーと、日本のあるトップスキーヤーが苗場にきた。僕は幸いにも、海外のトップ選手と日本のトップ選手と両方を間近でみる機会を得た。

ヘルマン・マイヤーは、当時世界最高のワールドカップの選手で、98年、2000年、2001年、2004年に総合優勝している偉大な選手である。

もう一方の日本人選手はナショナルチームで活躍し、その後デモンストレーターになった日本のトップスキーヤーの一人である。

で、ショックだったということは、ヘルマン・マイヤーの次元の違う滑りっぷりだ。

まず、ヘルマン・マイヤーの滑りをみた。普段僕らが慣れ親しんだ苗場の第三高速リフト下を貸し切って作ったポール練習バーンを、上半身も下半身も微動だにさせずに、まるで機械か1本の棒のような姿勢でヘルマン・マイヤーが滑り降りてきた。重たくてデカイ固形物がそのまま転げ落ちるかのような、重厚な滑りで、下半身は素早く無駄なくわずかにだけ動き、上半身はほとんど微動だに動かず、ストックをついて戻した拳のところにちょうどポールがきて、タイミング良くポールが、バターン!バターンとなぎ倒されていく。彼の滑るところにたまたまポールがある。そんな、見たこともないレベルの異次元の滑りだった。

続いて日本のトップ選手が滑り降りてくる。滑りが軽い。確かに僕らのレベルよりはずっとずっと速くて、上手いのだが、ヘルマン・マイヤーと比べてしまうと、上半身はもっと大きく上下動し、下半身は一生懸命動き、加速し、ターンしている印象で、ヘルマン・マイヤーが「バターンバターン」とポールを倒すのに対し、日本人選手は「パタンパタン」と倒す感じで、ポールを倒す拳の位置も、ターン毎に毎回違った。

つまりは、一流と超一流との違いだった。

あれからもう14年も経つのに、ヘルマン・マイヤーの滑りは僕の目の中に焼き付いて、忘れられない。

この滑りを、もっと小さなころから見ていれば、目標となる目指すべき最高地点の滑りを具体的にイメージすることができ、その結果、無駄に遠回りするような試行錯誤する時間的ロスが少なかっただろうし、 上手くなる速さが格段に違ったろうなーって思ったら、物凄いショックだった。

後悔先に立たずとはよく言ったものだ。

あれから私は競技引退をし、無事資格試験も一発合格し、そのままスキーもやめてしまったけれど、

そんな経験もあり、もし僕の子どもがなにかの世界で『一流』を目指すとしたら、なるべく早い時期に、『超一流』の仕事をなるべく間近で生で観させたいな、と思うようになった。きっと、スポーツに限らず、どんな芸や道の世界でもそれは通じる考えだろうと思う。

人生は時間が限られている。だからトップをとるためには最短距離で上達することが大事である。しかしもちろん、私のように無駄に遠回りをしてあれこれ試行錯誤をした経験をすれば、10年間もあれだけお金も時間も使って頑張ったのに選手としては成功できなかったが、その他の分野でこの人生経験が生きるだろうから、何が良いかは、ほんとうの意味ではよくわからない。でも私は、子供の頃にスキーを教えてくれたコーチたちに感謝しているのは確かだ。道を極めようとすることが深く楽しいことだと教えてくれたのから。こんなに貴重な経験は他にない。

 

ともかく、そんなわたしは、昨日ついに14年ぶりにスキー用具一式を揃えたわけで、あの頃成し得なかったスキーターンを極めるために、というよりは単に楽しみのために、また滑り始めることだろう。

先に楽しみを取っておく喜び。次はいつスキーに行けるのか。そんなことを想像するだけでもワクワクして興奮する。仕事にも気合が入る。体調や体力にも気を使うようになる。きっといろんなことがいい方向に進んでいくだろうと思う。

それがいまの私にとってのクオリティ・オブ・ライフだ。

 

おまけ。

http://youtu.be/NYa9opto8Q0

今思うと、ウッソー!って感じですが、当時はやっぱ良かったなーって映画です。

下は、スキーを再びやりたくなったきっかけになったオーストリアのある上手い選手。

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