高崎市あら町のちいさな映画館と茂木正男さんの訃報について

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ぼくはもし今、高崎に「一人」でいたとして、
いま、遊ぶ友達もなく、また特にどこでなにをやるという目的もなく、
ただただ高崎の町をぶらぶらできる「時間」があるとするならば、
ぼくは迷わず、あら町にある小さな映画館、
《シネマテークたかさき》に行くだろう。
イイ映画をゆっくり観るには、「一人であること」と「時間がある」ことが僕の中での条件だ。
そう、いまとなってはぼくは、(自称映画フリークとしては)不幸にして(?)家族もいるので、
休日はもっぱら家族サービスをしているわけで、
もうシネマテークたかさきに頻繁に行けなくなって数年経つ。
ほんのすぐ数メートル裏にある映画館なのに。
できることなら、一人でゆっくりとシネマテークタカサキで、コーヒーでもすすりながら、
単館物の映画を時間の許す限りみたいと、常々思っている。
このシネマテークたかさきは、映画館としては、ふつう地方では上映されないような、国内外のミニシアター系映画を、毎週、短いスパンで上映している。
あまりに上映スパンが短いので、観たいなと思って映画館に行ってもたいてい終わっていたりするから、この映画館で映画を観るときは、手ぶら(情報無し)でふらっと行って、時間の合う映画を観るようにしている。
こんな風に運任せでこの映画館とつきあっているけど、観る映画観る映画、ほぼぜんぶあたり。
最後にみたのは、《アンリ・カルティエ・ブレッソン 瞬間の記憶》だったけど、この映画みてから、写真の構図の取り方がわかった気がする。《OLD BOY》もすごかったなー。《雲のむこう、約束の場所》もSFマニアとしてはたまらんかったなー。《LAST DAYS》も印象に残る。
もっともっとイイ映画観たいな。
実をいうと、いまでもぼくはほぼ毎週、この近所の映画館の前に自転車で通っては、張り出してあるポスターをみたり、上映映画リストや時間帯までチェックしている。
時間帯までチェックするのは、ほんとに疑似的にでも、
あるいは、レイトショーなら家族に内緒で仕事帰りに行けるんじゃないかとか、
そんなことを想像しながら、お店のほんのすぐ裏手にある映画館に今回は行けないという「言い訳」を探している。
タカサキは、映画のまち、というイメージがだんだんと定着してきている。
いろんな邦画が高崎の市街地で毎年撮影されている。
ちょうど東京からも近いし、かといって人目にもつかないし(市街地に人があまりいないからね)、撮影には便利なんだろう。
鞘町や柳川町あたりを、ふらふらと昼間いけば、けっこう撮影をしてたりするし、
高崎の名物といわれる食べ物屋《栄寿亭》や《一二三食堂》で、俳優さんや女優さんにばったり会うこともある。
こうした、高崎の映画に対しての基礎を作った人物に、
シネマテークたかさきの総支配人、茂木正男さんという方がいらっしゃる。
「高崎といえば」
と映画業界人に聞けば、まっさきに出てくるお名前だ。
僕の知る茂木正男さんは、ちょっと日に焼けて若々しくスポーツマンタイプ、頭が切れる感じの早口なしゃべり方のこの男性は、黒のリュックを背負って、いつも早歩きで、いろんなところで尽力されていた。まるで時間が惜しいかのように、生き急いでいたようだった。

ぼくも顔を覚えていただいて、よくお声をかてて下さった。いつか飲み屋でばったり会ったときも、「こんな映画観たい」「あんな映画上映したらどうか」という一映画ファンのちょっとした意見も、真剣に聞いて下さった。
茂木さんも甲斐あってか、高崎映画祭も年々盛り上がってきた。
いまではかなりの大物女優やテレビも有名な監督さんもお越しいただくようになった。
映画に情熱を半生をささげた茂木さんが、今年11/15にお亡くなりになったと聞いたときには、本当に本当にびっくりした。だってあんなに。もうちょっと、映画館に行けばよかったな。
まだ61才だったそうだ。

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No.04
高崎映画祭、シネマテーク 映画のまち半生ささぐ 茂木さん死去
2008/11/16掲載
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高崎映画祭を立ち上げるなど県内の文化振興に尽力してきた茂木正男さん
(61)=吉井町下長根=が十五日、亡くなった。県内唯一のミニシアター「シ
ネマテークたかさき」の総支配人も務め、群馬の映画界を長くけん引。突然の
訃報に関係者からは「根っからの映画好きだった茂木さんは大きな存在」など
と惜しむ声が相次いだ。
映画祭ディレクター、シネマテーク支配人として側近で支えた志尾睦子さん
(33)は、電話でもたらされた悲報に絶句した。「映画ができても上映されな
ければ正当に評価されない。映画を撮っている人の立場に立って応援する人だ
った」
茂木さんが、自主上映活動を始めたのは約三十年前。地方で上映されずに埋
もれていた名作を取り上げていたが、より多くの人に見てもらおうと一九八七
年に映画祭を立ち上げた。
「映画祭を立ち上げるため、仲間たちと熱心に走り回っていたのを思い出す。
幅広い人脈を持ち、『映画のまち高崎』を進めてきた中心人物」。松浦幸雄市
長は、その功績の大きさを振り返った。
こうした映画による地域文化の向上やまちづくりの活性化が評価され、二〇
〇三年には県総合表彰を受けている。

記事:高崎市「ふるさとメール」★第 156 号★

茂木正男さんのご冥福をお祈りいたします。

TIURFのある高崎のお立ち寄りの際には、
ぜひ《シネマテークたかさき》もセットで遊びに来て下さいね。

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